さて、インド・ヨーロッパ語族(印欧語族)は、時代とともに、母語である印欧祖語から分岐し、それぞれの道を辿っていきます。
Wikipedia>インド・ヨーロッパ語族>系統樹と年代
ニュージーランド・オークランド大学のラッセル・グレーとクェンティン・アトキンスン (Russell D. Gray, Quentin D. Atkinson)[2]の言語年代学的研究によれば、インド・ヨーロッパ祖語は約8700 (7800–9800) 年前にヒッタイト語につながる言語と、その他の諸語派につながる言語に分かれたという結果が出て、アナトリア仮説(英語版)が支持された。
上記によると、各語派(の先祖)の、印欧祖語からの分岐年代(アナトリア仮説)は、つぎのようになります。
- ヒッタイト語の先祖 8,700年前
- トカラ語派の先祖 7,900年前
- ギリシャ語・アルバニア語の先祖 7,300年前
- インド・イラン語派およびアルメニア語の先祖 6,900年前
- バルト・スラヴ語派の先祖 6,500年前(さらに、バルト語派・スラヴ語派の分岐 3,400年前)
- ケルト語派の先祖 6,100年前
- イタリック語派・ゲルマン語派が残り、イタリック語派・ゲルマン語派の先祖に分岐 5,500年前
この仮説から、つぎのことが分かります。
- 印欧祖語は、8,700年前より以前に成立した。(いつ成立したかは不明。)
- 8,700年前に最初の分岐(ヒッタイト語)を果たして以来、6,100年前にケルト語派、イタリック・ゲルマン語派に分岐するまでの2,600年間は、(変化を遂げつつも)印欧祖語本体としての命脈を保っていた。
その後、各語派の成立は、つぎのとおりです。
- ケルト語派 2,900年前:ケルト・イタリック・ゲルマン・バルト・スラヴ共通先祖の独立(6,500年前)から3,600年後
- ゲルマン語派 1,750年前:同上共通先祖の独立(6,500年前)から4,750年後
- イタリック語派 1,700年前:同上共通先祖の独立(6,500年前)から4,800年後
- スラヴ語派 1,300年前:同上共通先祖の独立(6,500年前)から5,200年後
- ギリシャ語派 800年前:ギリシャ・アルバニア共通先祖の独立(7,300年前)から6,500年後
ギリシャ語の成立は最近だということが分かりますが、ギリシャ語・アルバニア語の先祖が印欧祖語から独立(7,300年前)してから、ギリシャ語成立(800年前)までの6,500年間は、「始原ギリシャ語・アルバニア語」ともいうべき状態で、非常に長い時を過ごしたことを示しています。
(6,500年という長期間に、印欧祖語から大変化を遂げたのか、逆に、印欧祖語の特徴を長期にわたって温存したのかは、上記仮説では分かりません。)
現代の西欧・東欧諸語にとって画期であったのは、6,500年前。ケルト語派・イタリック語派・ゲルマン語派の共通先祖と、バルト・スラヴ語派の先祖が、印欧祖語から分岐した年代です。
バルト・スラヴ語派の先祖(現代の東欧諸語の先祖)は、印欧祖語からの分岐(6,500年前)後、 バルト・スラヴ語派成立(3,400年前)まで、3,100年間のゆっくりした熟成期間があります。
(3,100年の間に、印欧祖語から大きく変化したのか、逆に、印欧祖語の特徴を長期にわたって温存したのかは、上記仮説では分かりません。)
これに対して、イタリック・ゲルマン語派の先祖(現代の西欧諸語の先祖)は、印欧祖語からの分岐後、イタリック・ゲルマン語先祖の成立(5,500年前)まで、1,000年しか過ごしていません。
(1,000年しか経っていないので、印欧祖語からあまり変化しなかったのか、逆に、早々と新しい語派として独自の特徴を獲得し始めたのかは、上記仮説では分かりません。)
このように考えると、「東欧諸語と西欧諸語の間に大きな隔たりがある」ということは、少なくとも納得できますね。
今回とりあげた「アナトリア」仮説は、2003年に提唱されたもので、定説ではありません。(定説は、次回紹介する「クルガン仮説」です。)
Wikipedia>クルガン仮説 には、アナトリア仮説に対するコメントが載っています。
アナトリア仮説(英語版) – 約9000年前の古代アナトリアがインド・ヨーロッパ語族の源流であるとする仮説。ラッセル・グレー(英:Russell D. Gray)とクェンティン・アトキンスン(英: Quentin D. Atkinson)両博士が2003年に発表した言語年代学による研究の中で強く主張し、「クルガン文化」のほうが第二次原郷である可能性も示唆していた[2]。しかしこれはあくまで言語学研究であり、アナトリアが原郷であったという地理的証拠とはなっていない。グレー博士の研究結果は単に古い時代にヒッタイト語派に発展する集団が、ほかのインド・ヨーロッパ祖語の集団からの言語学的な分化が紀元前7千年紀に開始されたことを示すのみである。