さて、私がロシア語に興味を持ったきっかけのひとつを紹介しましょう。
『はじめてのロシア語』(1991年、講談社現代新書、中澤英彦著)の一節(p202-p203)です。
In spring it is the dawn that is most beautiful.
(春もっとも美しいものはあけぼのです)
「春はあけぼの」
これは枕草子の第一段の英訳です。 英語は文中の関係を、前置詞、接続詞、冠詞……主語でレンガを一つ一つ積むようにしっかり組立てねばなりません。どうしても口数が多くなってしまいます。 もっとも簡潔な訳とされるI. Morris氏の訳にしてこれです。とこ ろが、ロシア語ではこうなります。
ヴェスノーユ ラッスヴェート
Весною рассвет.
(春においては・女性造格) (夜明け・主格)
ヴェーラ マールコヴァ
(Вера Маркова訳)
これは「春はあけぽの」そのもの。日本語の大特徴である間(ま)がみごとに訳出されています。[中略]雰囲気といい省略のニュアンスといい、どんぴしゃりの訳です。
[中略]そのような時に真価を発揮するのが、主語のない文(無人称文・普遍人称文・不定人称文)なのです。
いかがでしょうか、ロシア語の主語のない文。日本語では主語を省くのが普通ですよね。(←この文にも主語がありません)
米国の影響なのでしょうか、日本でも、とくにビジネスや論文を各場面で、「主語をはっきりさせろ」なんてことが言われますが、上のロシア語の文には、主語どころか、動詞もありません…!
主語、動詞を使わない例のつづきです。
Здесь жарко.(ここは暑い)→ Here hot.(英語直訳)→ It is hot here.(正しい英語)
Мне холодно.(私は寒い)→ Me cold.(英語直訳)→ I’m cold.(正しい英語)
※мне は「私に」(与格)なので、主語ではありません。
英語では、it, is, I, am のように、主語、動詞が必要になります。うっとうしいですね。
また、ロシア語では、英語のbe動詞にあたるものは、現在形では省略されます。
Где вы?(あなたはどこにいますか?)→ Where you?.(英語直訳)→ Where are you?(正しい英語)
Я здесь.(私はここにいます。)→ I here.(英語直訳)→ I’m here.(正しい英語)
ロシア語の方は、「あなた、どこ?」「わたし、ここよ」といった自然な日本文(動詞なし)に近いですよね。
こうしてみると、ロシア語の感覚の理解には、English speaker よりも、日本人の方が有利なように思えてきませんか?
まだありますよ。
日本語では、「生き物・いる」「非生物・ある」のように、動詞の使い分けをしますね。
ロシア語も、日本語同様、生き物を人間あつかいします。
たとえば、ロシア人が散歩途中、なにやら珍しい動物(たとえば、ペットとして人気の出てきたフェレット)を見かけたとしましょう。すると、Кто он?(彼は誰?)と声を上げることでしょう。決して、Что это?(あれは何?)ではありません。
夏に蝉が鳴いているのを初めて聞いたときも、Кто он?(彼は誰?)です。
最後です。
ロシア語には、「冠詞」がありません! a か、the か、何もつけないか、なんて悩む必要がないんです。
とはいえ、「性」はあります。フランス語・イタリア語のように「男・女の2性」ではなく、ドイツ語のように「男・女・中の3性」です! でも、語尾で簡単に見分けられるので、ご心配なく。